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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8955号 判決 1995年12月05日

大阪府堺市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

東京都千代田区<以下省略>

(送達先)大阪市<以下省略>

被告

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

坂本秀文

長谷川宅司

主文

一  被告は原告に対し、四九四万三六八八円及びこれに対する平成四年一一月三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は主文一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、九七七万六三七六円及びこれに対する平成四年一一月三日(訴状送達の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が証券会社である被告に対し、被告社員の勧誘で行なったワラント取引により損害を被ったとして、民法七〇九条、七一五条の規定に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は証券取引を業とする会社である。

2  原告は、平成二年七月一一日頃被告社員の勧誘によりトーヨーサッシの海外ワラント一〇単位を三八一万〇九七五円で購入し、さらに同年一一月二六日頃同ワラント四〇単位を五二七万四六五〇円で購入した(以下「本件ワラント」という)たが、下落を続け平成四年五月一九日原告は取引を終了し、その結果売得金は一九万八二四九円で、購入代金との差額は八八八万七三七六円である。

3  原告は、学校卒業後両親が経営する□□□に入社し、当時専務取締役の地位にあったほか、保険代理店を経営しているもので、原告の母が被告社員Bを介して被告と証券取引をしていた関係で、昭和六三年一一月二九日以降株式の、平成元年一一月頃からは転換社債の取引をし、平成二年二月一四日にはソニーの国内ワラントを購入した(原告本人)。

二  争点

1  被告の責任の有無

(一) 原告の主張

本件ワラントを原告に販売するに際し被告または被告従業員に、次の違法行為があった。

(1) 証券取引法違反

本件海外ワラントは、形式的にはヨーロッパ市場で発行されたものであるが、発行日以前に国内で販売されており、発行前から国内で販売することを企画したもので、国内での募集売出しをされているにもかかわらず、証券取引法四条(大蔵大臣宛届出)、一三条(目論見書作成)に規定する証券発行の基本的法律要件を満たしていないものであり、ヨーロッパ市場で発行する形式を用いて法規制を潜脱して発行されたものである。

(2) 公序良俗違反

一般投資者に販売される証券は、証券取引の公正を確保するため、法令上の開示規制が適用され、遵守されていること、公正な価格形成と自由な売買の場が保障されていること(上場もしくはこれに準ずる措置が講じられていること)、形成された価格の周知方法が講じられていること(少なくとも一般新聞各紙に適時に価格が公表されていること)、証券の内容が一般投資者に理解できる機会状況が保障されていることが必要である。本件ワラントは証券会社との相対取引であって公正な価格が形成される制度的保障が全くなく、本件ワラントの証券会社店頭あるいは証券会社間売買取引の価格は一般新聞では全く公表されておらず、本件ワラントの証券券面は全文が専門的英語で記載され日本の一般投資者が読解することは不可能である。かかる欠陥証券、不適格証券を一般投資者に積極的に勧誘し販売することは公序良俗に違反する。

(3) 適合性の原則違反

ワラントは投機性の高い証券で、海外ワラントは特にこれが顕著であるから、少なくとも株式投資の経験と知識が豊富である者、特に現物取引に比して危険性の高い信用取引や先物取引等の知識経験があり、そのような投資指向を有する者に限定して勧誘すべきである。原告は安全で確実な証券に限って投資する意向で危険性の高い証券への投資指向をもっていなかったが、Bは本件海外ワラントの購入を勧誘したもので、適合性の原則に違反する。

(4) 説明義務違反

ワラントは商品構造が複雑で危険性が高く、周知性もない商品であり、海外ワラントは特に顕著である。したがって、証券会社及び担当社員はワラントについて知識経験を有しない一般投資者にワラントの購入を勧誘する場合には、ワラントの危険性、商品構造、取引の仕組、価格に関する情報等を具体的に説明する義務がある。少なくとも、権利行使期間の到来により無価値となること、権利行使価格と株価との関係及び残存権利行使期間の長短を基礎に価格が激しく変動すること、株価が権利行使価格を下回れば理論価格はゼロとなり期限到来前でも無価値同然となること、転売時の価格については外国為替の影響を受けること、更に勧誘する当該ワラントにつき権利行使価格、権利行使期限、権利行使価格と株価との関係、権利行使による取得株数、権利行使に別途要する払込代金の額を明示し、これに即して権利内容や時価算定方法を具体的に説明すること、株価が権利行使価格を下回っているときにはその旨を理解させること、取引態様に関し、公正確保ための制度的保障を欠く海外ワラントについては、海外ワラントは日本の証券取引所に上場されておらず業者間市場で値決めがされていること、証券会社自身が顧客に直接販売する形態で取引されること、したがって上場証券の取引における一定の手数料とは異なり仕入値と売値の差額が証券会社の利益となること、価格は業者間の気配値が発表されているにとまり、その価格が当該投資者の購読新聞に掲載されているか否か、掲載されていない場合には時価を知りたいときの情報取得方法、売却の方法と手続内容、必ずしも公表されている気配値で売却できるとはかぎらないこと、ディスクロージャーに関する事項として、右規制に服していない海外ワラントを売却する場合にはこれが行なわれていないことについて具体的な説明が必要である。

しかるに、Bは本件ワラント勧誘に際しワラント取引説明書を原告に交付せず、数日後に、しかも十分な説明はされず、説明書といって手渡したのみであり、ワラント取り引きの仕組、特徴、危険性の重要事項について殆ど説明をしないまま、特に期限到来によって無価値になる危険性があること、取り引き態様は証券会社と顧客との相対取り引きであり、しかもその値決め過程は不公正不透明であって、価格変動も激しいことを説明せず、かえって「短期間で値上がりする」、「これ以上は下がらない」等の断定的判断を提供したもので、説明義務に違反し、断定的判断提供の禁止にも違反している。

(5) 助言義務違反

証券会社は顧客に海外ワラントを購入させた後も、信義則ないし忠実義務、誠実公正義務に基づき顧客が権利行使ないし売却についての合理的判断を行なうために必要な情報を提供し、かつ適切な助言を行なうべき注意義務を負う。本件で、ワラントは平成二年一一月二六日には七月一六日時点の五一ポイントから二〇・五ポイントまで下落しており、かつ株価と権利行使価格、ワラント買受けコストの著しい乖離、行使期限の接近と株価との連動性の欠如という危険性を孕んでいた。原告は無知から一一月二六日本件ワラントの買い増しを被告社員Cに相談した際、Cとしては無謀な投資行動をしようとしている原告に対し再考をうながすべく適切な助言を与えるべきであったのに、これに違反した。

(二) 被告の主張

(1) 証券取引法違反について

本件ワラントはヨーロッパ市場で発行されたものであり、日本国内で発行されておらず、かつ募集または売出しのいずれにも該当しないワラント取引について証券取引法四条、一三条の適用が無いことは明らかである。また海外ワラントの発行と原告被告間の本件取引では当事者が異なり違法性が仮にあるとしてもこれが承継される根拠はない。

(2) 公序良俗違反について

証券会社と顧客の取引は証券取引法等の取締規制に違反しない限り私的自治に委ねられているものである。ワラントの気配値は証券会社において前日のロンドン市場における業者間マーケットの最終気配値を基礎に当日の株式市場の株価動向を考慮して各銘柄の気配値を決定しており、価格形成の公正性が欠落しているものでなく、価格公表についても本件取引当時日経新聞等にワラント価格が継続的に掲載されてはいなかったものの被告に問い合せをすれば直ちに価格を知りえたもので、Bは原告に対し頻繁に電話するよう説明している。本件ワラントの理解可能性についても、証券や目論見書が英文で作成されていたとしても、通常の取引ではワラントの具体的内容の詳細を知る必要はなく、通常の取引に必要な範囲での具体的内容は発行会社の広告や証券会社の担当者において日本語により明らかにされるのであり十分保障されている。

(3) 適合性の原則違反について

本件海外ワラントは株式より投機性は強いとしても、原告は一〇年以上にわたって株式会社□□□倉庫の専務取締役として運送倉庫業の経営の傍ら保険代理業も営み金融商品の知識も有し、昭和六三年から株式投資を行ない平成二年七月の本件ワラント取引までに一年八月以上四四回の取引を行ない、安定銘柄の長期保有でなく、比較的短期での売却の利食いを目的とする投資行動で、しかも堅実に利益を出し、投資金額及び回数も多く、危険性の高い仕手株にも手を出し、当初の株式現物から、株式投資信託、転換社債を経て本件ワラントへと拡大していったもので、企業経営者として投資リスクを判断できる能力と経験も十分積んでいて危険性の高い商品への投資指向を有している上本件取引について自ら危険性を熟知しながら自発的に購入したものである。

(4) 説明義務違反について

原告は平成元年一二月頃投資対象を拡大したい意向からBに対しワラント取引の内容について問い合せをし、Bは以後数回にわたり原告にワラントの仕組内容を説明し、特に株式時価が行使価格を行使期限までに上回っていなければ価値のなくなること、ワラントは権利の売買であること、ハイリスクハイリターンの商品であること、海外ワラントは外国為替の変動で価格が変化する等特質を告げ、価格は日経新聞に価格が掲載されないのでこまめに電話するよう話した。原告はBの紹介により平成二年二月一四日ソニーの国内ワラント一単位を購入し、その後売却しており、この際国内新株引受権証券取引説明書を交付しワラントのリスクについて再度確認したもので、原告は右取引によりワラント取引のリスクを十分認識するに至ったものである。海外ワラントの取引は原告から希望があったもので、平成二年七月八日頃Bから海外ワラントの説明を受け、同月一一日Bから外国新株引受権証券取引説明書に基づく海外ワラント取引に関する確認書による確認を行なった。

(5) 助言義務違反について

平成四年一一月二六日の取引については原告が積極的に購入意思を示してきたもので、被告にはこれを抑える義務は原則としてないものというべきである。本件ワラントの価格が下落したため、原告はCに対し難ピン買いの手法で本件ワラントの購入を発注したが、Cはナンピン買いのようなワラント取引のリスクを説明したが、原告の強い希望により購入することになったもので、義務違反はない。

2  損害

(一) 原告は損害として本件ワラントの購入代金から売却による売得金を控除した八八八万七三七六円と弁護士費用八八万九〇〇〇円の支払を求めた。

(二) 被告は、原告の投資経験、知識及び投資能力、被告の勧誘態様等を勘案し、自己責任の原則から相当額の過失相殺をすべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  証券取引法違反について

原告は本件海外ワラントは証券取引法四条、一三条に違反する旨主張するが、ワラントが国内に漂流している点のみを捉えて、日本国内で発行されておらず、かつ募集又は売出しに該当しないワラント取引が証券取引法に違反するとはいえず、国内での海外ワラント販売が証券取引法の脱法行為ということもできない。

二  公序良俗違反について

原告は、海外ワラントは相対取引で公正な価格が形成される保障がないこと、一般新聞に価格が公表されず、ワラントの証券券面が専門的英語で書かれており、一般投資家が読解不可能であるとし、海外ワラントの勧誘自体が公序良俗に違反すると主張する。証拠(原告本人、証人B、同C)及び弁論の全趣旨によれば、ワラントの売買価格は前日のロンドンにおける業者間のマーケットの最終気配値を基に、当日の株式市場の株価動向を考慮して各証券会社で決定され、会社によって多少価格に相違があるものの、一定の数値及び基準に基づき決定され、それほど大きな差はないこと、被告は顧客からの問合せに対しその都度回答し、被告側からも連絡していること、海外ワラントの原券は英語で記載されているが、その詳細な内容が投資家の判断に必要なものでないことを考慮すると、海外ワラントの勧誘自体が公序良俗に反するとはいえない。

三  適合性の原則違反について

証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は一〇年以上にわたって両親の経営する会社に勤務し、本件当時は専務取締役でかつ自ら保険代理業も営む経済人で、投資資金約一〇〇〇万円を持ち、昭和六三年から株式投資を行ない平成二年七月の本件ワラント取引までに一年八か月以上四四回の取引を行ない、当初の株式現物から、株式投資信託、転換社債へと投資対象も拡大していったもので、しかも投資態度も投機性の高い短期的投資を行なっており、原告自身当初は友人等に相談して取引していたが半年ないし一年で自ら判断できるようになったと述べており、Bの勧誘を鵜のみにしていたものでもないと認められることに照し、企業経営者として投資リスクを判断できる能力と経験も積んでいたと認められ、適合性の原則に違反したとはいえない。

四  説明義務違反及び助言義務違反について

1  関係者の供述

(一) 原告は次のとおり述べる。

(1) 本件取引前である昭和六三年一一月から株式等の取引をし、手持ち資金三〇〇ないし四〇〇万円、銀行借入金五〇〇ないし六〇〇万円を資金に充てたが、原告としては小遣い稼ぎ程度の認識しかなく、対象も有名企業株などを手堅く取引するつもりで、ハイリスクハイリターンのものを希望したことはない。取引開始当初は原告はBから購入銘柄の勧誘を受けても即答を避けて日経新聞を読みあるいは友人知人に相談したうえ、二、三日後に回答していたが、半年から一年後にはBの意見を参考とし、自分で判断できるようになった。Bは最初の取引前後は月三、四回原告方を訪問していたものの、その後は金の受渡の際に来る程度になった。ソニーのワラント取引については、Bから電話でソニーのものがあると勧められて任せたもので、ワラントという説明を受けておらず株と似たものかと考えており、売買報告書の送付は受けていて目を通しているがワラントの記載は記憶がない、国内ワラント取引説明書の交付もなく、ワラントが期限到来により無価値になること等知らず、Bから説明も受けていない、ソニーワラント取引では結局損をしたが株売却では利益が出ていたので気にならなかった。

(2) 平成二年七月一一日の本件ワラント取引以前にワラントについての説明を受けたことはなく、七月八日頃Bと会ったことはあるが世間話をした程度であり、七月一一日Bから電話でトーヨーサッシの購入を勧誘され、数か月待てば間違い無く値上がりする、値上がりしたら連絡するといわれてこれに応じることとし、七月一六日購入代金を支払う際、原告は外国証券取引口座設定約諾書(乙二)ワラント取り引き確認書(乙三)に署名捺印し、海外ワラント取引説明書(乙五)の交付を受けたが、ワラントについての説明はなく、ワラントが期間内に株に換えて貰う権利であることや、権利行使期限を過ぎると無価値になること、相対取引であること等聞いておらず、取引説明書も暇なときに読むよう言われたが、結局読むことはなく株と似たものと思い、株や転換社債との区別は全くわからなかった。

(3) 本件ワラントは購入時約五〇ポイントであったが、その後下落していることはBから電話で何回か聞いて知っていたが、株と同様に一番安い時買い増しをすれば戻ったとき取戻せると考え、一一月二六日原告からCに連絡した。Cは、当時権利行使価格が株価より高いマイナスパリティになっていたが特に制止することなく、かえって今が底だから今後若干は上がると言うので取引した。しかしながら本件ワラントはその後も下落を続け、購入後約一年を経過した平成三年末頃原告は他の証券会社の担当員とあった際初めて権利行使期間のあることを知り、被告と交渉のうえ処分した。

(二) Bは次のとおり述べた。

(1) 原告は慎重な投資態度でBの勧誘に対してもこれを鵜のみにして速断することなく後日自分で判断して注文しており、投資能力も十分で、平成二年七月頃までは株取引等で利益を上げていた。平成元年一二月頃から原告の投資が投機的になり、ハイリスクでもハイリターンを望むようになりBに紹介を求めるので、Bはワラントにつき折に触れて説明をし、平成二年二月頃ソニーの国内ワラント取引に際して国内ワラント取引説明書(乙四)を利用して権利行使価格、行使期限があり、ハイリスクハイリターンであること、権利の売買であり株価が行使期限までに行使価格を上回っていないと無価値になることを説明しており、その後も平成二年三月から七月頃まで月三、四回は訪問し、折に触れ同様の説明をしていた。ソニーのワラントでは原告は損が出たが、以後もハイリターンなものを求めるので海外ワラントを紹介し海外ワラントは為替の変動も影響すること、価格公表につき新聞に載っていないものは原告から電話連絡があれば回答するが、被告からも伝える等を説明した。

(2) トーヨーサッシの銘柄はBが数銘柄を紹介した中から原告が選択したもので、トーヨーサッシワラントが必ず値上がりするといって勧誘したことはなく、七月八日頃再度ワラントの説明を口頭でし、海外ワラントの特質として為替の変動によるリスクも説明し、七月一一日買付け注文(乙一〇)を取って後、同日中に海外ワラントにつき説明書(乙五)をもとに説明したうえ外国証券取引口座設定約諾書を取交わした。

(三) Cは次のとおり述べた。

(1) Bの後任として平成二年八月引継ぎをし、原告方も訪問し、その際原告が当時持っている商品の説明、ワラントの状況、全体的な相場の状況を説明したが、トーヨーサッシワラントについてのクレームはなく、同年九月、一〇月の間に二、三回原告方を訪れワラントが下落していること、最終的に無価値になることも告げたが原告は分っていると言い、一一月二六日に原告から電話がありワラントの価格を聞かれ、二〇ポイントに下がっていると伝えたが、原告はニチレイの転換社債を売って本件ワラントを買うと注文した、Cはワラントの難ピン買いはいかがなものかと疑問を提示したが、原告は分っているというのでこれにしたがった。平成三年一月頃Cが原告方を訪れ本件ワラントが更に下落していることを告げたが、原告は仕方がないという雰囲気で特に苦情を述べなかった。

2  そこでさらに検討する。

(一) Bが本件ワラント勧誘に際し、海外ワラント取引説明書を原告に交付した時期等

(1) まず本件ワラントに先立ち原告はソニーの国内ワラントを購入しているが、その際平成二年二月頃Bが交付したとされる取引説明書(乙四)は平成二年四月発行のものであるので、二月にこれが交付されることはあり得ず、右Bの証言は信用できない(乙四以外の取引説明書を交付したかについても何等の立証もない)。

(2) 本件ワラントの取引説明書(乙五)が原告に交付されたことは認められるが、その時期について、原告は平成二年七月一六日と、Bは平成二年七月一一日と述べるところ、本件ワラント購入につき被告において顧客が取引開始基準に適合しているかを審査するため作成される口座開設チェックリスト(乙九)には、原告の「預かり資産」欄に「株CB等 八・五百万円」、「投資〇・一百万円」と記入されているところ、平成二年七月一一日当時実際は預り資金はなく、原告は同年七月一六日に本件ワラント等の購入代金八七八万二四四八円を被告に支払い、被告はこれを預かり資産として預かったもので(甲B一一、一二、乙一の1ないし10)、右事実に照すと、乙九の作成は平成二年七月一六日以降となる筋合で、説明書交付欄の記載も同様となる。そうすると、七月一一日に取引説明書を原告に交付したというBの証言は信用できず、原告の供述のとおり、七月一六日に交付を受けたものと認められる。

(二) 原告は、平成二年一一月二六日、本件ワラントが七月一六日時点の五一ポイントから二〇・五ポイントに下落しており、これを知っていたのに、株式等のいわゆる「ナンピン」買いの手法で、本件ワラントを第一回の一〇単位より多い四〇単位をさらに発注しており、本件ワラントの行使期限は平成五年四月二七日で(甲B一)残存期間は約二年六月程度であり、原告は株と同様に底値の時点で買い増しをすれば値が戻ったとき取戻せるという考えで購入したが、Cによっても権利行使期限との関係で右購入は危険なものであった。

3  以上のとおりで、(一) ワラントは株式に比較して価格の変動が激しく、ハイリスクハイリターンの特質が顕著であるうえ、権利行使期間内に売却するか更に出費して新株引受権を行使しないと無価値になるもので、さらに海外ワラントは為替ルートの変動でも損失を被ることがある商品であるから、証券会社及び担当社員は海外ワラントについて、投資家の年齢、職業、投資目的、知識経験に照して、最小限前記事項について説明をし、ワラントのリスクの大きさを顧客に十分理解させたうえで取引を行なう義務があるというべきであり、とりわけ取引説明書は取引勧誘に際し予め顧客に交付して取引開始前に熟読する機会を与えるべき重要なものである。Bは国内ワラントについて取引説明書(乙四)を交付した際詳細な説明をしたと述べるが、乙四を原告に交付した事実は認められず、海外ワラントの取引説明書(乙五)の交付時期もBの供述とは異なり取引開始から数日後と認められること、原告の一一月二六日の本件ワラント購入は権利行使期限の関係上問題な取引であり、原告は権利行使期限について正確に理解していないと窺えることに照すと、Bが取引に先立ち口頭で幾度となく同じ様な説明をしたと述べる点も信用できず、原告の言うように、権利行使期限の経過により無価値となることなどワラントの危険性について十分な説明をしていなかったものと認められる。もっとも原告はワラント取引をしていること自体知らず、株と同じように考えていたと述べ、またBらから「短期間で値上がりする」等の断定的判断を提供されたと述べるが、原告はソニーの国内ワラント取引に際し送付された売買報告書には目を通しており、また本件ワラントが下落した際にもBらに対し特別異議も述べず、買い増しをしていることなどから直ちには信用できない。(二) また平成二年一一月の本件ワラント買い増しの点について、一般に証券会社は顧客の指示にしたがって取引すれば足り、原則的に助言(ないし警告)義務を負うことはないというべきであるが、顧客が明らかにワラントの仕組み等について誤解しており、これによって損害を受ける可能性が高い場合には、信義則上、右の誤解をとき合理的な判断ができるよう助言する義務があるというべきで、右の点は誤解が明らかとまではいえないが担当者の知識経験に照らして不合理な取引に入ろうとしている場合にも、この点について注意を喚起するなどの措置を採るべき義務があるというべきである。本件では、原告はBの不十分な説明により権利行使期限によりワラントが無価値になることを知らないまま買い増しをしようとした事案であり(Cは、同人自身も第一回本件ワラント取引後下落していることを連絡する際に幾度となく、権利行使期限があり最終的に無価値になることを警告していると述べるが、同人の供述によっても、最も重要な本件買い増しの際には期限の問題を明確に説明しておらず、また原告は平成三年末までの一年余の期間本件ワラントを放置しており、これらの点に照らし信用できない。)、Cの立場からも、権利行使期限が約二年六月と長くなく、外形上は誤解が明白とはいえないとしても不合理で危険な取引であるから、注意を喚起することが信義則上要求されるというべきである。しかるにCの供述によっても、原告に対し「ワラントのナンピン買いはいかがなものか」という程度で、その問題点の内容については一切触れておらず、仮に右発言があったとしても不適切というほかない。

Bらの前記行為は原告に対する不法行為にあたり、使用者である被告は民法七一五条により原告が被った損害を賠償する義務がある。

五  損害

1  前記のとおり、原告は本件ワラントの買付け代金と売得金との差額八八八万七三七六円の損害を被った。

2  過失相殺

前記の原告の投資経験及び投資態度等、株とは異なるワラント取引であること自体は知っており、取引説明書も第一回の取引後は交付されて熟読する機会はあったこと等の事情を考慮すると、原告の損害額から五割の過失相殺をするのが相当である。そうすると、賠償額は四四四万三六八八円となる。

3  弁護士費用

本件事件の難易、認容額その他諸般の事情に鑑みて、弁護士費用としては五〇万円をもって相当と認める。

六  よって、原告の請求は四九四万三六八八円と取引解消後で訴状送達の日の翌日である平成四年一一月三日(裁判所に顕著な事実)から民法所定の損害金の支払いを求め限度で理由がある。

(裁判官 松本久)

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